2012年01月24日
「食べる」ことは「愛する」こと
食べることを高い価値としていた両親の影響で私もいつも食べることを考えている。学生時代は相撲部と言われるほど一度にたくさん食べられたが今ではご飯をおかわりするのもまれになり、めっきり小食になってしまったが、食べること自体に興味がなくなったわけではなくむしろ「食べる」とはをよく考えている。昨秋、たまたまつけたTVで画家のダリを特集していた。ダリは甲殻類を題材にした絵が多いそうで「食べる」ということにも極限まで追求したらしい。
その番組から私が得たこと、それを私なりに膨らませた解釈は・・・
人はどんなに誰かを愛してもその対象と一体になることはできない。溶け合うことはできないと言ったほうが正確かもしれない。どうしても、ということなら対象物を食べるしかない。食べればそれは消化され、自分の細胞に同化していく。つまり一体化することができる。だからと言ってそれは気持ちのことで実際食べられるわけではないが・・・
この番組を見てからずーっと考えた。そうか!食べることは愛することであるなら毎日口にする食べ物こそ愛するものであり、いとおしんで口にすることが大切なんだ。
自ずと何を食べるか決まってくる、愛せるものかどうか、自分と一体化していくものとして考えれば選ぶ視点が決まってくる。
昨夜はビジョクリ4期のYちゃんが彼と広島産生牡蠣を持参して遊びにきてくれた。牡蠣は大好物、しかも広島の牡蠣は父の知人が毎年送ってくれてた思い出深いものでもある。
あまりのおいしさに「食べること=愛すること」が証明された牡蠣パーティでした。ご馳走さまでした、生もカキフライも最高でした!!
2012年01月22日
今夜私のiphoneはお泊りです
浜松NHKの講座を終えて、気分上々で新幹線ひかりの席に身を沈める。今年初めての講座だったのでビジョンマップを作った今日、全員の作品はいつものように一人として同じものはなく色調もそれぞれ個性が出ていて、ひとり一人の世界を垣間見た私はまたまたみんなのファンになってしまった。
ひとしきりそれを反芻してから、そろそろメールチェックでもしようかとiphoneをバッグの中に探すも、ない!
あ・・・しまった!すぐにNHKに電話するとはたして!教室においてありましたとのこと。明日は文化センターは休みだそうで送ってもらうにしても1〜2日は無い状態になる、とほほ。デッキから席にもどりがっくり肩を落としていると、再度NHKから電話があり、明日担当の方が偶然名古屋NHKに来る用事があるので持って行きましょうか?と言ってくださった。なんでも有働アナウンサーの講演があるとか・・・
なんてラッキーな、ツイてる!!
というわけで今夜私のiphoneはNHKの方のお宅にお泊りしているというわけであります。始めての外泊、明日迎えに行くまでいい子にしててね。
ひとしきりそれを反芻してから、そろそろメールチェックでもしようかとiphoneをバッグの中に探すも、ない!
あ・・・しまった!すぐにNHKに電話するとはたして!教室においてありましたとのこと。明日は文化センターは休みだそうで送ってもらうにしても1〜2日は無い状態になる、とほほ。デッキから席にもどりがっくり肩を落としていると、再度NHKから電話があり、明日担当の方が偶然名古屋NHKに来る用事があるので持って行きましょうか?と言ってくださった。なんでも有働アナウンサーの講演があるとか・・・
なんてラッキーな、ツイてる!!
というわけで今夜私のiphoneはNHKの方のお宅にお泊りしているというわけであります。始めての外泊、明日迎えに行くまでいい子にしててね。
2012年01月13日
太陽の威力
豊田市の企業様でのコーチングセッションのために朝7時台に東名で東へ向かいました。名古屋インターを入るところからちょうど太陽に真正面から照らされてまったく前が見えないと言う体験をしました。
既に渋滞していて、スピードは出せない状態でしたが、その眩しさと言ったら何も見えなくてかなり怖い思いをしました。
太陽の威力・・・このところ思うのは42年前の大阪万博の太陽の塔です。天才岡本太郎が感じていた、受け取っていた宇宙からのメッセージをあの時もっと受け取っていたら・・・42年前から太陽のエネルギーを選択していたら今どうなっていたんだろう。
今から42年後、あのとき先人?がこの選択をしてくれてよかったと言われる選択とは何だろう・・・一方向からの情報では判断できない。何も見えない今朝の太陽が何かを示唆しているように思えた朝でした。
既に渋滞していて、スピードは出せない状態でしたが、その眩しさと言ったら何も見えなくてかなり怖い思いをしました。
太陽の威力・・・このところ思うのは42年前の大阪万博の太陽の塔です。天才岡本太郎が感じていた、受け取っていた宇宙からのメッセージをあの時もっと受け取っていたら・・・42年前から太陽のエネルギーを選択していたら今どうなっていたんだろう。
今から42年後、あのとき先人?がこの選択をしてくれてよかったと言われる選択とは何だろう・・・一方向からの情報では判断できない。何も見えない今朝の太陽が何かを示唆しているように思えた朝でした。
2012年01月11日
鏡開きと書初めの「鏡」
今日は友人のはるみさんが鏡開きにちなんでお汁粉(おぜんざい)を届けてくださいました。年末についたお餅と丹波の小豆を使ってこしらえたおぜんざいは品のいいやさしい甘さと香ばしい焼餅の香りで日本人でよかったなと感じながら味わいました。
彼女に会うと忘れていた大切なことを思い出し、襟を正したくなる。私には貴重な存在です。
私の今年の書初めは「鏡」、関わるすべての人の鏡になってその方のすばらしさを伝え、いいときも悪いときもそのままを映し、自ら気づいてもらうまで傍らで応援する、そのために私の心はできるだけ波立たないように・・・そんなあり方を今年も目指していきます。
それにしてもこのおぜんざいおいしすぎる!明日作り方おしえてもらおうっと♪
2012年01月05日
2012年新年のご挨拶
あけましておめでとうございます!
三が日は晴天で、老人ホームから帰宅した母とハナと私、水入らずでいいお正月でした。
いつもは私にべったりのハナが、母にべったり。バリアフリーとはいえ、ドアや廊下の幅が車椅子仕様ではないので
母が移動するつど介助するのは大変でしたが、ハナに付きまとわれることがなくてその身軽さは快適でした。
また、いつもは見ることができない母とハナの「関係性」をながめることが私がハナと触れ合うことと同様に幸せな気持ちになることを実感しました。大家族はいいですね、関係性がたくさんみられますから!
もう一度歩けるように歩行訓練に意欲をみせる母、私は今年は行きたいところがたくさんあってまた刺激の多いとしになりそうです。
一日一日を味わって過ごして生きたいと思います。今年もどうぞよろしくお願いいたします!
三が日は晴天で、老人ホームから帰宅した母とハナと私、水入らずでいいお正月でした。
いつもは私にべったりのハナが、母にべったり。バリアフリーとはいえ、ドアや廊下の幅が車椅子仕様ではないので
母が移動するつど介助するのは大変でしたが、ハナに付きまとわれることがなくてその身軽さは快適でした。
また、いつもは見ることができない母とハナの「関係性」をながめることが私がハナと触れ合うことと同様に幸せな気持ちになることを実感しました。大家族はいいですね、関係性がたくさんみられますから!
もう一度歩けるように歩行訓練に意欲をみせる母、私は今年は行きたいところがたくさんあってまた刺激の多いとしになりそうです。
一日一日を味わって過ごして生きたいと思います。今年もどうぞよろしくお願いいたします!
2011年12月30日
ビジョンとは光です
今年ほど暗闇にいると感じた人が多かった一年はないかもしれない。10月に東京の友人宅に泊めてもらった翌日、西武池袋線にのり池袋へ向かいました。乗ったとたんおなかが痛くなって次の停車駅で下車、数分後ホームにもどると人身事故があって前の電車が途中で止まっているとアナウンス。
あのままがまんして降りなかったら・・・と思うと冷や汗、よかった。次の瞬間名古屋では車ばかりなので遭遇しない人身事故を身近に感じた瞬間。
もともと真っ暗闇からやってきた私たち、この地球という旅先にいま滞在している。数日の滞在の人もいれば多くの人は長くても80〜100年、ここにずーっととどまることは誰もできない。やがてまた真っ暗闇の世界へもどっていく。
真っ暗闇と真っ暗闇の間の明るいはずの場所を、暗闇に感じる人を一人でも減らしたい、そんな思いが募っている。
自分は誰で(何のために)、何を大切に、どこへ向かっていくのか、この要素がわかるということは暗闇に光がさしてくるようなこと。光は向こうからこっちへおいでよと手招きしてくれる。
ビジョンとは光なのだと今感じている。クリスマスミサで教会に行ったとき考えたこと、4歳の幼稚園から12歳まで日曜学校へ通っていた。週一回自分をリセットすることをそのころからやっていたのだと思うと面白いな感じるとともにその教会で私は光がこっちだよと呼んでくれるのを知ったのかもしれない。
メーテルリンク青い鳥の「光の精」は特別な誰かではなく隣の女の子、誰でも光の精になって周りの人を照らし照らされる間柄になれる。
そんな思いをこめて2012年はビジョンクリエイトを進化させていきたい。
2011年12月29日
2011年の学び〜悪循環から好循環へ
今年一番辛かったことは6月母が肺炎になり、入院したときのことです。87歳(当時)の肺炎となれば私も一瞬覚悟しました。
血圧が下がる→起き上がっていられない→食事もままならない→栄養が摂れない→体力減退→血圧がまた下がる・・・
この悪循環が続いていました。一時はもうだめかと思いましたがどこか冷静な私はこのシステムのどこかに必ず悪循環から好循環に移行できる糸口があると考えました。
私は医者でも看護師でもない、ですから血圧を上げる直接的なことはなにもできません。では私ができることは?と考え毎日一食は必ず病院に出向き母の体を支え、食べ終わるまで寝かせないという行為を繰り返しました。
その際、味にうるさい母は病院食を好まないので必ず一品栄養になりそうなものを作って持参、二週間続けました。
すぐに横になりたがる母を起こしておくのは大変でしたが少しずつでしたが変化が現れ病院食も残す量が減っていきました。
今回のことで必ず開く扉があると確信しました。好循環への糸口は必ずある!そんな体験をさせてもらった母の肺炎に感謝です。
そんな母は明後日から帰宅してきます。お正月三が日をハナと過ごしたい一心で首を長〜くして待っています。
写真:母の習字「日進月歩」

